ra*ka

勢いの無さに定評のある似非文芸ブログ。

ひのさか#47「す」

Posted 茅野らほい / 2007.07.22 Sunday / 15:32

「ズルしてもいい?」
「は?」
 開口一番、藤村さんが発した言葉に、うちは語尾上がりの一文字で返答した。珍しいこともあるもので、司書室にいたのはうちらふたりだけ。
「んやね、ほらわたしにはアナタに無いものがある訳よ」
「何すかそれ」
「うーんと、真っ先に挙げるなら胸とか」
「殺意が」
 うちは笑ったまま、机に置いてあったハサミに手をかけた。藤村さんは大いに胸を張って、人差し指を立てて続ける。くそホントに胸あるなこの姉ちゃん。
「ありとあらゆる手段を駆使すれば、榛原さんはコロッとわたしの元に!」
「確固たる殺意が」
 ハサミを握り締めて、うちは満面の笑顔で刃を彼女に向ける。藤村さんもニコニコと笑顔を崩さず、左手で頭を掻きながら――右手にはカッターナイフ。しかもデカい方の。
「という感じでね、まあそういうことを考えてみたのよ」
「意味あるんすかそれ」
 うちはハサミを机に戻すと、軽く伸びをした。
「ひとりくらい手ぇ出してもいっかなー、と思うんだ最近」
「あいちゃん化してますね」
「あの娘はそういうキャラじゃないんだよ、実は」
「まあ、そうなんでしょうね」
「ん? 分かったような話し方だわね」
「そりゃね、うちはゆりちゃんずーっと見てますから。そこに敵意が向けば気づきますって」
「はは、鋭いこと。でも、あいちゃんセンセは分かってるから大丈夫だよ」
 エクセルのデータを閉じて、藤村さんはPCの電源を落とした。その横に据え付けられたプリンタから数枚の紙を拾い上げると、クリップで留めてうちに差し出す。
「?」
「ウチの図書館にあるデータでね、入荷が古いもので貸し出しが多いやつリストアップしたんだ。探すの手伝ってくれる?」
「いいですけど、何で?」
「時間が経ってる分、人の手に触れる機会が多いでしょ。どんくらい痛んでるかチェックしたいのよ」


 十分ほどでリストの本はすべて見つかった。うちらはそれを保存状態ごとにランク分けして並べていく。やがてそれも終わると、藤村さんは立ち上がって痛みの激しかったものだけを書庫に運んでいった。
 うちも手を洗いに行こうと立ち上がる。その瞬間、書庫から頓狂な声が響いた。
「おあっ」
「何、何ですか」
「いやー、すっごいの見つけちゃった」
 手招きをする藤村さん。うちは書庫のドアをくぐって、その書棚の前に向かう。
「へ、これって」
「そーよー、これ『ひのさか』だよ」
 彼女が手にしていたのは文芸部の部誌『ひのさか』だった。それにしても古いな。もう十年くらい前のものじゃないだろうか。
「これねー、完全に無くなったと思ってたのに。見て見て、二冊も発掘されたわよ」
「うわー、すげえ、奥付がじゅ!」
 その瞬間、スパーンと後頭部をひっぱたかれた。
「年号は見ちゃダメー、ね?」
 こ、この女、超こええ。うちは引きつった笑顔で何度も頷く。
「って、そっかこの部誌、藤村さんのときの」
「そーなのよ。自分でも家に取ってあったんだけどね、この号だけ無かったんだよ」
「へー、ってことは部室にも無いやつなんですか」
「そう。よく見てごらん、これ『増刊号』って書いてあるっしょ」
 言われてみると、確かにこの号はナンバリングされていない。確かに数字だけで見れば、抜けがあるなんて思いもしないだろう。それにしたって。
「何でこれだけ増刊号か、って?」
 うちの表情に、藤村さんは笑いながら言う。
「はい。だって、この頃って年一回……あっ」
「正解ー。これはね、わたしが二年生のときかな、ほら奥付にわたしの名前あるっしょ」
 見るなって言ったり見ろって言ったり忙しい人だな。そんなこと言ったらまた本の角が飛んできそうだから聞かなかったことにするけれども。
 確かに奥付には、藤村さんの名前が記されている。
「年二回になったの、この次の年からなんだよ。だからこれ、実は幻の部誌なんだからね」
 そう言って、藤村さんは表紙の埃を丁寧に払っていく。懐かしいものを見たような、そして見つけてはいけないものを手にしてしまったかのような表情。
「この本を見るとね、いろいろ思い出すんだー」
「……うちも、そうなるのかな。いま作ってる部誌が、じゅ!」
 スパーンと後頭部に衝撃が走った。み、見えなかったぞ、今のは。
「そうだね、いずれ、ね。うん……榛原さんと、ふたりで見られるといいね」
「――はい。見られるといいな、じゃなくて、絶対に見てやります」
 うちは埃っぽいその部誌を抱いて、言った。
「まあ、でも」
「?」
「見たら見たで、めっちゃくちゃ恥ずかしいな、これ」
 藤村さんは、照れたように八重歯を見せて笑った。うちもつられて笑い出す。
「青春の一ページ、なのですよ。それでも楽しみだな、じゅ!」
 後頭部をガードして完璧と思ったら、無防備だった脇腹を電撃が駆け抜けていく。
 うちは大人になれるんだろうか、と少しだけ不安になった。

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