ra*ka

勢いの無さに定評のある似非文芸ブログ。

ひのさか#48「ん」

Posted 茅野らほい / 2007.07.29 Sunday / 22:38

 見上げた空は微妙な青だった。水崎ちゃん的に表現すれば「風の精霊が生あくびをしたような」といったところだろうか。そんな水崎ちゃんはといえば、お嬢様然としたお顔を真っ赤に染めて読書に夢中。何を読んでいるのかなんて、確認する必要もないな。雲なのか空なのか、いまいち判断に困る青色を眺めながら、うちは部室の窓をそっと閉めた。
 ソファでいつものように昼寝している戸波さんを起こさないよう、うちは椅子に腰掛けてテーブルに伏せてあった文庫を手に取る。隣の水崎ちゃんが時々「ふゃ」とか「くぃ」とか口走る他には、戸波さんの寝息しか聞こえない。
 もぞもぞと動く戸波さん。あ、だめだめ、見えるって。
 その瞬間、うちの左側からばたんと音がした。
「水崎ちゃんよ」
「何ですか?」
「顔、真っ赤だぜ」
「……きょ、今日、暑いですよね」
「だねー。今日は薄紫かぁ」
 ますます顔を赤らめて、水崎ちゃんはうつ向いて――しまうかと思いきや、微妙な角度の上目遣いで真っ直ぐ前を見据えている。
「お、そろそろヤバめだな」
「……恵那先輩、えろえろですよ」
「きみもなかなかだと思うんだ」
「いやいやそんな、あっ、ちょ」
「うわ、そりゃマズいだろ」
 うちらが身を乗り出したのと、戸波さんがむっくり起き上がったのはほぼ同じタイミングだった。何度か瞬きを繰り返し、彼女はやがて左手を軽く挙げて「おはよう」とのたまった。
「惜しいな」
「うう、あと三センチ」
「曖昧三センチ?」
「戸波さん、スカートスカート」
 うちの言葉に、戸波さんは下方に寝ぼけまなこを向ける。ぴらっと覗いた白い脚と、めくれて裏返しになりかけたスカートにようやく気付いたらしい。
「うわ、何じゃこれ」
「もーちょいだったのに」
「うー、まあ男子いなかっただけマシか……」
 恥ずかしそうにスカートのプリーツを直しながら呟く戸波さん。下手な男子よりも危ない娘がいたってことは黙っておこう。いやうちは別に、うん。いやホント。
「それはそうと、あなたがたはおデートとかしないんすか」
「あたし受験生だしー」
 今の今まで寝ていたひとが言う。
「帰って窓開けたらいますし」
 ストーカー紛いの発言も聞こえる。
「恵那ちゃんこそ、祐里ちゃんとどっか行かないの?」
「は」
「うち、今日は帰りたくないの……みたいなのないんですか?」
「は」
「あー、それ熱いね」
「ですよねですよね! わたしもそんな台詞言ってみたい」
「じゃあさじゃあさ……」
 戸波さんと水崎ちゃんの掛け合いは延々と続いていく。

           ‡

「はは、そりゃ災難だったね」
「笑いごとじゃないってーのー」
 委員会を終えたゆりちゃんと合流したうちは、部室での会話を事細かに再現してみせた。
「あの辺りも、最近落ち着いてきたから刺激が欲しいんじゃないの?」
「いー迷惑だわよホント」
「ま、それもそれでいいんじゃない」
「こんなハズいとは思わんかったわ……」
 樋ノ坂の商店街を歩きながら、ゆりちゃんは楽しそうに笑っている。うちは素直に面白がれずに、唇を尖らせつつ無言で抗議していた。
 大通りを一本曲がって、住宅地に入っていく。そこを抜けて、三柳川沿いの道に出る。
「そういえばさ」と思い出したようにゆりちゃんが言う。
「うん」
「部誌ができたら、三年生のお別れ会しなきゃだね」
「……もう、そんな時期なんだ」
 他の部の三年生は夏休み前に引退していることが多いけれど、文芸部は九月の文化祭が最後の活動になる。うちの部の場合は大会だとかコンクールがある訳じゃないから、そういった大きなイベントで締めくくるという習慣なんだそうだ。去年もそうだったけれど、みんなで大騒ぎした後に引退、っていうのは――残る側としては何だか寂しい。
 そして来年は、うちらが出て行く側になる。
「戸波さんも遠野さんも、あとついでに部長も。いなくなっちゃうんだね」
「ま、例年通りなら引退したって顔くらいは出すでしょ」
「気分的な問題だよう」
「分かってるって。……今年のメンツは、すっごい楽しかったもんね」
「うん、だから。文化祭もがんばろーね」
 少し笑って、ゆりちゃんは頷いた。川の向こうに見える公園から、子供たちの歓声が届いてくる。ぼんやりと晴れた空は、夕方に差し掛かったこの時間でもまだ青い。
 うちはそっと、右手を伸ばして隣を歩いているゆりちゃんの左手に添えた。はた、と立ち止まって、ゆりちゃんはその手を軽く握ってくる。そうして再び、うちらは歩き出した。
「ねえ、恵那」
「ん?」
「わたし、恵那に会えてほんとうによかった」
「……う、うちもだよ」
 言って、いくらもしないうちに顔が熱くなってくるのが分かった。悪戯っぽく笑ってこちらをうかがっているゆりちゃんに、照れ笑いで答えて、うちは視線を前に戻す。

 繋いだ手に、少しだけ力を込めて。


[了]

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