ra*ka

勢いの無さに定評のある似非文芸ブログ。

ひのさか2#34

Posted 茅野らほい / 2008.06.27 Friday / 23:55

「話というのは他でもない」
「はい」
 珍しく神妙な顔付きで向かいに座っていた水崎ちゃんは、これまた神妙な口調のうちの言葉に頷いてこたえた。
「無理だって分かってて出したの、これ?」
「はい」
 テーブルには、昨日ゆりちゃんに見せた書類――つまるところ水崎ちゃんが拵えた次回の装丁案が載っている。それを一瞥して、水崎ちゃんはまたこくりと頷いた。
「そか。じゃあ、どういう感じで戻されるかも分かってるよね」
「はい」
「なら聞きましょっか、無理を通す理由でも案でも」
 水崎ちゃんは少し目を伏せて、しばらく何か考えていたようだった。こうして見てると、ホントお人形みたいだ。ゆるくウェーブがかった細い髪も、ややもすれば不健康にも取れる真っ白な肌も。
「理由は、あってないようなものです」
「ふむ?」
「ただ、やりたかったからっていうのがいちばんにあって、それに……」
「それに?」
 そこで彼女は口ごもる。伏せていた双眸をゆっくりとうちに合わせて、しばらく睨むように見据えていた。うちもその眼差しを真っ直ぐに捉えて、ぱっと見睨み合っているような形になる。
「恵那先輩も、榛原先輩もこれで最後じゃないですか」
 どこまで似たようなことを言い出すつもりなんだろう。去年のうちが考えていたことと、何の違いもない。
「――分かる、よ。最高の出来で最高のプレゼント。それはよく分かる。けど、きっと来年、水崎ちゃんも同じことを柚季ちゃんか千佳子ちゃんか、遼司くんかは分からないけど……言われるんじゃないかな。そのとき、同じ状況だったらきみはどうする?」
「わたしは、そんな好かれるような先輩してないですから」
「それは、水崎ちゃんが決めることじゃないさ」
「相変わらず厳しいですね」
「うちはゆりちゃんと違って、甘やかさないのだけが取り柄だから」
 水崎ちゃんは今度こそ完全にうつむいて、それきり黙り込んでしまった。
「とはいえ、だ」
「?」
 うちは手元の書類をつまみ上げて、水崎ちゃんの方へ滑らせる。彼女はそれに目をやって――驚いたような表情。
「無理は無理。でもやりたいようにできなきゃ、面白くないよね」
「……これ、恵那先輩が?」
 装丁案の価格帯と、加工の欄に赤字が入っていることに気付いたのか、水崎ちゃんは慌てて紙を手に取ると食い入るように読み始めた。
「まず箔押し、これはインク使わないで空押しなら少し安くなるよね。ただ早川さんに昨日行って聞いたら、それよりも安めで手配してくれるって。あとはサイズを一ランク下げてくれたら、単価も変わるし何とかなると思うよ」
 うちは装丁案の中央、タイトル部分にシャーペンで薄く丸をつける。
「あとPPだけど、これってマットじゃなくて普通のでしょ? それもこっち、ニス引きにすると半分以下になるのね」
 水崎ちゃんは口をぱくぱくさせて、何か言いたげにしていたけれど、やがて思い切ったふうに言った。
「何か、何かズルい」
「それはこっちのセリフだよ。水崎ちゃんは何もしてないのにこの案通っちゃうんだから」
「だから、ズルいのはわたしです。こんなちゃんと実現可能な、のって……。今回はひとりで、って」
「甘えんな若造が、とかいえばよかったかい」
「その方が、諦めもつきました」
「でも、やりたかったんしょ?」
「……はい」
 うちはひひひ、と笑って彼女の手にある書類を指した。
「ほいじゃ甘やかさない恵那さんからの指令」
「ふぇ?」
「その予算は安くなってはいるけど、ゴーサイン出すには微妙なラインなんよね。そこできみには、そこから一割何とか削っていただきたいのであることよ。できる?」
「……やる。やります。総務の経費削ってでもやってやります」
 ふへ、そこまで同じようなこと言われると気持ち悪いな。とは言っても、普通そこぐらいしか削れる部分は思い付かないよね。
 そうして、うちは柔らかい彼女の髪に手を伸ばして、わしゃわしゃと撫でた。普段なら若干嫌そうな顔を返す水崎ちゃんが、入部当時みたいな――恥ずかしそうな顔で笑っている。
「ま、うちは中ボスだからこんなもんで大丈夫だけど」
「榛原さん、ですか」
「んむ。ヤツは超強いぜ」
「知ってますか? ボスは倒されるためにいるんですよ」
 あー、前言撤回。
 大きく頷いて見せた水崎ちゃんの普段通りの笑顔を見て、うちはそう思った。こいつは乗せるとどこまでも突っ走るな……まあ、そのくらいじゃないと、うちの部は任せらんないか。
 うちはほっぺを掻いて、大きく伸びをするように胸を反らした。
「恵那先輩、それ」
「何だい」
「嫌みにしか見えないんですけど」
「ん? あー、その件なら解決済みだよ」
「意味が」
「この部でいちばん大きいの、うちから千佳子ちゃんにバトンタッチしたの」
「いや……まあ、わたしトップ争いする気はないんですけど」
 言って、またがっくり俯く水崎ちゃん。いろいろと忙しい子だよまったく。

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