ra*ka

勢いの無さに定評のある似非文芸ブログ。

謹賀新年

Posted 茅野らほい / 2012.01.04 Wednesday / 00:46

 元日の朝は早い。どのくらい早いかと言えば、まだ年が明けていないくらいだ。
 実際にはまだ十二月三十一日、大晦日なのだから。
「寒い、ねえ」
 隣でヒーターに手をかざしながら、柚季が眠たそうに言った。とはいえ、眠そうなのはいつものことだから、本当に眠いのかどうかいまいち分かりにくい。
「何かこう言うと申し訳ないんだけどさ、あたし夜中の初詣ってしたことないんだ。混むのかな?」
「うーん……、おっきいとこは、混むよね。うちはご近所さん、とかがメイン、かな。山向こうは最近、織櫛に行くひと多い、みたい。あ、あと――ちかちゃん、似合ってる」
「ありがと。柚季はさすがに着なれてる感じだね」
 ということで現在地は社務所である。で、あたしたちは揃って紅白の装束を着ていた。こういう恰好もなかなかする機会がないし、バイト代も出るし、寒さと眠気だけ乗り越えてしまえば、まあ何とかなるのだろう。
「あ、そろそろ時間。ちかちゃん、準備、へーき?」
 ほいほい、とあたしはひとつ頷いて立ち上がる。
   *

 柚季が躊躇いがちに話しかけてきたのは、冬休みに入る前。期末試験が終わってすぐのことだった。
「ちかちゃん、年末年始って予定、ある?」
「んー、年明けたら親戚まわりで何かあるかな、くらい。どしたの」
「えとね、お金に興味、ない?」
「……その言い方は誤解を招くわよー」
「あ、だからえっと、怪しくない、よ。夜中にね、ちょっとしたお仕事しない?」
「むっちゃくちゃ怪しい――ってかもしかしなくても柚季んちのお手伝いよね」
「分かってる、なら早く言っ、てよ……」
 柚季の家は神社だ。聞けば、例年は柚季のお姉さんの伝でバイトしてくれるひとを探しているらしいのだけど、今年はなかなか都合がつくひとが見つからないのだとか。
「他のひとには声かけたん?」
「ちかちゃん、が初めてだよ。それにほら、最近は調子、よさそうだったから」
「ふむん、そだね。確かに暑いよりは寒い方が好きだし、ここんとこ健康そのものだもん。あ、でも力仕事だとアレかな……」
「あ、だいじょぶ。わたしも体力ない、から」
 何が大丈夫なんだ。

   *

「うわっ」
 御守だとか御神籤だとか、そういうのを柚季と並んで受け渡しをしていたところに、思い切りめでたくなさそうな声が降ってきた。確かめなくても戸波だな、と分かる。
「っしゃーませー」
 気づかないうちに邪険な口調になってしまい、柚季があわあわとあたしの肩を叩いてくる。あっいけないいけない。
「御守ですか? これなんかぴったりですよ?」
 安産祈願、と書かれた御守を差し出して、にっこりと笑いかけた。左頬がひくひくしてるのは寒いから。うん、そう決まった。うん。
 差し出された戸波が「ほほう安産、ほほう」などと言いながら本当に受け取るもんだから、彼女であるところの柚季は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「んじゃ頑張ってなー。あ、あけおめあけおめ」
 手をひらひら振りながら去っていく戸波を見て――、その直後に並んでいたひとの存在に気づいたわたしは、慌てて営業スマイルなどという慣れない笑顔を再び貼り付けたのである。
 ついでに柚季を肘でつついて現実に引き戻して。

   *

「あーんーたーはー、急にくるんじゃないっつーのー」
 午前二時半。柚季のお姉さんが代わってくれたので、あたしと柚季はとりあえず仮眠を含めた休憩ということになっていた。次は朝十時から。
 で、帰りもせずにうろうろしている戸波を見つけたので、ひとつ蹴りを入れてぶうぶうと文句を言っている訳である。
「あ、遼司くん、えっと、あの、安産祈願って、あの」
「んー、従姉妹が春くらいに出産予定だからちょうどいいかなって」
 あ、そう、そうだよね、とかひとりで何度も頷いている柚季は放っておいても大丈夫だろう、きっと。
「しかし川瀬はもうちょっと俺に感謝したほうがいい」
「は? あんたに? 何で?」
 もう一回蹴飛ばそうかな、と右足を軽く引いたそのとき、戸波の後ろからひょいと顔を出したのは――なぎちゃんだった。
「……あれ?」
 普段の彼女ならきゃあきゃあと何かしら言いそうなのに、今日は珍しく大人しい。いまのいままで気付かなかったなんて。
「なぎちゃん、どうしたの」
「え、あー……その、何でしょ、えっと」
 なぎちゃんまで柚季みたいな口調になっていて、あたしは首を捻る。
「なー、お前らはもっと俺に感謝すべきなんだよ」
 戸波がまた訳の分からないことを言っていたけど、それは放置するとして。
 ああ、と何かに気づいたように、柚季がにこにこと笑っている。
「ね、ちかちゃん、似合ってる、よね」
 柚季の言葉に、ものすごい勢いで首を縦に振るなぎちゃん。
 ん?
「この格好?」
 言って、あたしは袖を持ち上げてくるっと回る。
「うおおっ」
 妙な声をあげたかと思えば、今度は空を――思いっ切り夜空だ――見上げて、なぎちゃんは細かく足踏みをはじめる。
「あっ、あのっ、戸波せんぱい、ホントにありがとうございますっ」
「分かればよろしい。ってことなんで、ユズキさん、こいつ送って帰るなー」
 うん、と楽しそうに頷く柚季。んー? 彼氏が他の女の子連れてるのに何でだろ。普段なら六条御息所ばりの笑顔向けてもおかしくないのに。
 じゃーなー、と帰っていく戸波と、がんばってください! がんばってください! と興奮したように手を振ってそれに付いていくなぎちゃん。
 よく分からないまま、そんなふたりを見送って。
「……何だったの?」
「ちかちゃん、ガチで、言ってる?」
 不思議そうにあたしを見る柚季。分かんないっての。
「諾子ちゃん、ちかちゃんのその、格好が、見たかったんだよ」
 ……あー、あー。それならそう言えばいいのに。
「あの子、変なところで恥ずかしがり屋、だから」
 それもそうだけど、と思いながら。
 ――あ、そうだ。
「ね、柚季」
「うん?」
「あけましておめでとうございます」
「あ、うん。あけまして、おめでとうございます。今年も、よろしくね」
 とりあえず戻ったら、なぎちゃんにメール送ろう。言いそびれちゃったし、この時間ならもう携帯繋がるでしょ、きっと。
 こういう年明けも、いいな。そう思った。

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